東京高等裁判所 昭和37年(う)1799号 判決 1963年11月27日
主文
原判決を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差戻す。
理由
本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検事正代理検事山本清二郎名義の控訴趣意書及び東京高等検察庁検事伊藤嘉孝名義の控訴趣意補足要旨に記載されているとおりであり、これに対する被告人らの答弁は、被告人らの弁護人東城守一名義の答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。
按ずるに、本件公訴事実は「被告人外山彦一、同永島金八郎はそれぞれ郵便従業員をもつて組織する全逓信労働組合中央執行委員、被告人大沢三郎は同組合関東地方本部書記長、被告人佐々木勇は同組合東京地区執行委員、被告人菊池重悦は同組合東京地区青年部長、被告人井上章、同松本弘、同高沢健司はそれぞれ同組合東京中央郵便局支部執行委員であるが、他の組合役員十数名と共謀の上、同組合が昭和三十三年一月下旬頃より実施しているいわゆる春季闘争に際して同闘争を有利に展開せんがために東京都千代田区丸の内二丁目三番地所在東京中央郵便局に勤務し郵便物を取扱中の従業員等をして所属上司の許可なく当該職場から離脱させて郵便物の取扱いをさせないようにしようと企て、同年三月十日頃より旬日に亘り同郵便局普通郵便課、集配課その他数ヶ所の事務室、休憩室において別紙一覧表記載の石崎民次等三十八名を含む多数の郵便物取扱従業員等に対し、三月二十日の勤務時間内喰い込み職場大会には全員統一行動をとり、必ず参加するよう説得を続けた上同月二十日午前二時頃に至るや前記各事務室において現に郵便物の区分、取揃、その他郵便物取扱中の右石崎等に対し前記職場大会参加のため直ちに仕事をやめ同郵便局外に退出して国鉄東京駅降車口附近に集合するよう説得して職場離脱による郵便物不取扱を教唆し、もつて右教唆により現に郵便業務に従事している別紙一覧表(原判決添付の表引用)記載の石崎民次等三十八名をして同日午前二時三十分頃よりその職場を離脱させて、別紙一覧表中の郵便物不取扱時間欄記載の時間(同人等が職場を離脱していた間における各人の勤務時間―休憩時間はこれに含まれない―から、休息時間を差引いたものである。)中において甲種郵便物約一五、七〇〇通、乙種郵便物約四九、〇〇〇通、普通郵便物約一三八、〇〇〇通、普通速達郵便物九五三通、書留通常速達郵便物六〇九通、普通書留郵便物三、五八三通の取扱いをなさしめなかつたものである。」というのであり、原判決は本件においては石崎民次ら三十八名の郵便法第七十九条第一項前段違反の構成要件該当の事実は認められるが、それは争議行為(同盟罷業)としてなされたものであり、公共企業体等労働関係法(公労法)第十七条第一項に違反するものではあるが、争議目的を達成するためにした正当な行為であると認められるから、労働組合法第一条第二項の適用があり、刑事上の違法性を欠く筋合であつて、郵便法第七十九条違反の罪を構成せず、従つて右石崎らの所為に被告人らが教唆その他如何様の形態において加功したとしても、それは公労法第十七条第一項違反とはなり得ても、郵便法第七十九条違反の本犯が犯罪とならないのであるから、被告人らについてその教唆等の犯罪が成立する筈はなく、よつて被告人について教唆等の所為があつたか否かを審究するまでもなく、被告人らは無罪であることは明らかであると判断したものであるところ、昭和三十八年三月十五日言渡の最高裁判所第二小法廷の判決においても示されているとおり、公共企業体等の職員は、公労法第十七条により争議行為を禁止され、争議権自体を否定されているのであるから、その争議行為について正当性の限界如何を論ずる余地はなく、従つて労働組合法第一条第二項の適用はないものと解すべきであるから、原判決はこの点において法令の解釈、適用を誤つている筋合であり、それ故、若し本件において原判決の判断した如く右石崎民次らに郵便法第七十九条第一項前段違反の構成要件該当の所為(職場離脱従つて郵便物不取扱の所為)があつたとしたら、それが争議行為としてなされたと否とに拘らず、当然有罪の評価を受けるべき筋合であり、更に本件被告人らにおいて公訴事実指摘のとおりの右石崎らに対する教唆をなした事実及び右石崎らにおいて教唆に応じて犯意を生じて右郵便法違反の所為をしたものであるという事実が存する場合においては、被告人らは当然刑法第六十一条第一項(第六十五条第一項)により右郵便法第七十九条第一項違反罪の教唆の罪責を負担すべき筈であるから、原判決は以上の点において判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈上の誤を冒しているものというべきであり、破棄を免れないものといわなければならない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り原判決を破棄すべきところ、原判決は前記のとおり石崎ら数十名の行為が郵便法第七十九条第一項前段違反の構成要件に該当していることは認められるとしながらも、それらが具体的に如何なる証拠によつて認められるのか証拠の標目を掲げていないのであるから、訴訟法上の厳格な意味においての事実の認定をしていないというべきであるし、特に被告人らの教唆行為の有無については、審究の対象外としている位であつて、厳格な意味においての事実の認定をしたものとは到底認められないのであるから、結局本件は刑事訴訟法第四百条但書により当裁判所において直ちに判決をするのは適当ではないと認められるので、これを原裁判所たる東京地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
検事 伊藤嘉孝関与
(裁判長判事 三宅富士郎 判事 井波七郎 栗田正)